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みいつけた

杉並区かくれんぼが楽しそうな家。縫う路地に入り込んで探検するのはさすがに不作法。昨日は雪のち雨。趣あるほどには積らず絵にはなりません。俳句ならと脳みそをフル回転してもとんと言葉を思いつかず、平凡な句しか。戸板康二氏と中谷宇吉朗氏の言葉をヒントに。明けの雪いきなり軒を白うしぬ戸一枚へだて降る雪息こらす天からの雪の手紙の朝とどく  ...

外装は三原色

杉並区ありがたや卒寿を指呼に梅探る      川久保喜秋句会の長老、喜秋さんは90歳。杖つき電車を乗り継いで句会に。自らも横浜で句会を主宰をされており、どこぞとここぞと五つ六つの俳句結社に同人の名を連ね、俳句命の元気横溢老人である。私の如き初心を捕まえて、俳人たるもの俳号も無しではいかんと。さて、如何いたしたものか。貝に砂ザリと噛みしむ二の替        しの...

和風旅館

文京区本郷修学旅行で泊まったのは、このような旅館だった。足の踏み場もないほど敷き詰められた蒲団に、枕が飛んでくる。我が枕は奪われてあっちへ投げられてしまう。我が手も誰やらの枕をなげ飛ばしている。吾の手が枕投づる春の宿 青春がよみがえる懐かしいたたずまい。春著きて吾の二十歳はあつたのかはるぎきてわれのはたちはあったのか...

風呂屋と煙突

文京区寒風が吹きつけて電線がひゅーひゅーと鳴ることを虎落笛(もがりぶえ)といいます。どんなに強風が吹きつけたといえど、ここまで電線が踊るようなことはありません。勢い余って。寒鯉の泳ぐは水の早さのみ鯉は水温が下がると水底にもぐって餌をほとんど取らない。動作も緩慢。この鯉は神田川の一か所にじっとしているが、よく見るとヒレも尾もかすかに揺れている。緩い流れの速さだけを泳いで、しかも動かない。...

野水仙

模写  F4雨の教室で画きました。こう寒くては晴れても野外スケッチはつらいと、分かっていても、鬱屈した気持ちは態度や行動に表れるらしく、師匠を困らせております。雨もよや不肖弟子描く野水仙葱抜いて土の湿りのまだ残るねぎぬいてつちのしめりのまだのこる・神田川の高井戸に近いところ。川と民家に挟まれて3畝ほどの畑がある。白菜と葱が植えられておるのだが、その一つの畝(うね)の半ばまで土の色が濃い。土に湿りが残...

風猛る

世田谷区羽根木襟巻や予報士猛き風をゐふえりまきやよほうしたけきかぜをいう身代金など取らずともNHKは資金豊富ですな。気象予報士をごまんと召し抱えておって、これを時間帯ごとに入れ替えるのであります。雨と予報したばかりの男の顔が、妙なる女性に変わったからとて、「晴れます」と言うはずは、ない。雨と言われれば傘を、風が強く寒いと言われれば襟巻をするだけのこと。ところで、気象予報士にも雨男、雨女が居るのであり...

通せんぼ

目黒区駒場そぞろ歩きの道は突き当たって、元の方向を目指すにはぐるっと迂回しなくちゃいけません。この家が通せんぼする。夕日射す蒲の穂絮や沸き昇る         健二ゆうひさすがまのほわたやわきのぼる宙を舞う穂綿が夕日に白く舞っている光景。穂を吹き上げる風さえ暖かく感じる。駒場野を漫ろ歩きしうつ田姫           しのこまばのをすずろありきしうつたひめ四季の守護神の春は佐保姫、秋は龍田姫、夏は...

体に効く坂

本郷木馬亭祝儀とばかり獅子の舞         健二もくばていしゅうぎとばかりししのまい・木馬亭は東京浅草の浪曲の寄席であります。我が友健二君は落語のような古典芸能が好みなんだそうで、茨城から遠路を出向いてはほろ酔いで寄席の人となる。この日も屠蘇気分でやってきたところ、予定の演目にはない獅子舞をどんと派手に演じて見せた。ふむふむ、木馬亭の気の利いた祝儀である。いやあ得したぜえ。いい句ですな。探梅や...

正月気分抜けきらず

杉並区夫婦にて食積消へし五日かな          健二ふうふにてくいつみきえしいつかかな・食積はおせち料理のこと息災の文字に漲り師の賀状            しのそくさいのもじにみなぎりしのがじょう・忘れるほども遥かな昔の方から今年も年賀状が。昔のままの特徴ある文字はピンピン跳ねて力がみなぎっている。えらく高齢のはずだが、先生は尚もピンピンお元気なのだと、納得せざるを得ないわけであります。...

起伏ゆるけし

目黒区駒場階段を登れば井の頭線の線路。その高さから眺めると、(駒場野の起伏ゆるけし春を待つ)のごとく印象長閑なれど、歩けば足に優しからざる勾配のあるところです。そのむかし徳川将軍が鷹狩を楽しんだところ。冬草に温もり添ふる綿毛かな     健二大寒もまじか、羽毛で防寒怠らず散歩しながら、綿毛で防寒している草を見つけていつくしんでいます。鳥居より落つる初雪つつがなく    しの...

なんだ坂

杉並区荷風が碑投込寺の年守る          健二かふうがひなげこみでらのとしまもる・東京三ノ輪に投込み寺と呼ばれる古刹があります。正式には浄閑寺。吉原遊郭で命絶えた遊女が葬られたことで知られています。永井荷風はこの寺に意を寄せ、葬られたいとまで願ったのに、雑司が谷に葬られてしまった。それを知る文人たちがこの寺に碑を建てたのだという。今もここに荷風の魂はあって、薄幸に生を終えた遊女たちを見守りな...

投光器のある風景

杉並区こんなところまで画いて!家人には不評であります。絵は見る人を和ませるように、綺麗でなくちゃいけないと。俳句も時に汚い表現をして、ひんしゅくを買います。この眺め、好きだなあ、私。冬至日のつらく楽しや一万歩          健二返しに来てまた借る書籍日脚伸ぶ      しの...

人日

杉並区正月は早くも昔の記憶に。怠惰なる我が精神は今だに正月を引きづっております。燗の酒腹に流して落語かな          健二かんのさけはらにながしてらくごかな・江戸っ子健二は熱かんのほろ酔い気分で浅草演芸ホールやお江戸広小路亭あたりへ行くらしい。風流ですなあ。人日や手入れ怠る筆ばかり          しのじんじつやていれおこたるふでばかり・人日は正月7日のこと。今も昔も書道に熱中した記憶は無...

七草粥

在所不明   アルシュ F52015年初のスケッチ教室。もったいなくも高級紙の代名詞たるアルシュ。水張りの初体験まで。「どうだ違いは?なんだ?紙の裏に画いたのか」 日に一つならず恥かく人生は果てしもなく。平成や七草粥ににたるもの昼食に供された粥は、ありあわせの野菜ででっちあげたもの。野菜は七種にひとつもふたつも足りませんが、味はすこぶるよろしいわけで。母の時代にかかる手抜きは許されませんでしたな。伝...

冬にみのれる夏ミカン

杉並区電柱と送電線がにょっぽり。これでも二本ばかり省略いたしましたのです。林立する電柱が日本らしい風景に定着したことを、遺憾に思う役所はないのであります。休刊のポスト弄る二日かなきゅうかんのポストまさぐるふつかかな二日は新年の季語。新聞は休刊でありますから、早朝のポストはカラッポと知りつつも、習慣はやめられないわけでして。...

水きらめく

世田谷区松原ここを通る度に、次に来るときは画こうと思いつつ、行き過ぎてばかり。いざ画いてみるとたいした風景画にはならない。赤屋根の飲食店と僅かな段差の階段なんですが、構図がつまらない。バイクのあたりから階段の一部と店を大きく描く方が良かったかもしれません。一滴の水の煌めき初硯いつてきのみずのきらめきはつすずり初硯という正月の季語は、俳句らしい美しい言葉。使ってみたくなり、書初めなどやりもせぬのに、...

いそぐな

杉並区 とある熊野神社大宮八幡宮のお祭り騒ぎに比し、ここでは人は敬虔に参拝しているように見えます。茅の輪は俳句では六月祓のものと決めつけていますが、ここだけでなく近隣の神社にもしつらえがあり、私も右や左に三度回ってお参りをいたしました。ワン木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ    加藤楸邨今年はのんびり参ろうかと思っていますが、生来のせっかちは容易に鳴りを潜めません。年一度の音沙汰の手書きの文字に...

初みくじ

杉並区・大宮八幡宮 明けましておめでとうございます長い行列に付いて人の背中ばかり見ながら30分。本殿の石段に足をかけたときに、初雪がさ~と舞いました。雪は落ち喚声が湧く。あがる喚声に押されて雪もあがってしまいました。人真似をすまじともあり初神籤ひとまねをすまじともありはつみくじ学業技芸試験の項目に「ぼんやりしていると目標に到達できない。他人のやり方を真似ても駄目。自分なりの方法を考えよ」とある。心...

Appendix

プロフィール

Author:S.Y.Seasonword
よみうりカルチャー恵比寿で花城康雄先生のご指導で修業中。風景淡彩画というよりイラストだと言われることも。蒼花同人。俳号を臣汰と申しますが、まだまだ駆けだし。

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